【心理学】人生はゴールテープを切った後も続く−−「自己実現」の限界と夜の心理学の領域について(メルマガより)


 

■昼の心理学の限界

 

「自己実現」という言葉があります。自己実現とは一言で言えば「社会の中で自分の立場を確立すること」ですが、もっと日常的な言葉で表現すれば、何を生業にして、どうやって稼いで、どうやって食べていくか、ということだと言い換えてもいいでしょう。

 

20世紀後半の心理学は、大胆に言い切ってしまうと、この自己実現を主たるテーマにしてきました。心理学が「自己実現をテーマにする」ことは、もしかしたら、当たり前のように聞こえるかもしれません。しかし僕は、これってすごく、ある時代特有の傾向だったんじゃないか、と考えています。

 

自己実現をテーマにした心理学は、僕の定義する「昼の心理学」と「夜の心理学」という対比の中に位置付けると「昼の心理学」とほとんどイコールです。つまり、ある時期まで、心理学というのはほとんどの場合「昼の心理学」とイコールとして考えられていたわけです。

 

「どうやって社会の中で一人前になっていくのか」ということは、もちろん大切です。僕自身、「いつ社会からこぼれ落ちてしまうだろうか?」という不安も、自分の中に持っています。

 

付け加えれば、日本経済が調子を崩し始めた90年代以降、一般的に、そういう不安はより強くなってきているんじゃないでしょうか。

 

それ以前は「社会に適応する」というのは、大学を卒業して、一部上場企業に就職することとほとんどイコールで、ベルトコンベアーのように社会の中に参加していけた。しかし現代は、非常に流動的な社会です。「ここにいれば安心」という場所がないから、社会の中で自分の居場所を見つけることが大きな問題になる。

 

ただ、自己実現というのは大変な問題ではありますが、実はそれが満たされただけで万事解決かというと、そうはいかない。人間は社会的な動物だと言われていますが、その一方で、社会的な自己実現だけで満たされる生き物でもない。それだけでは、どうしても、なんともいえない「むなしさ」が残るわけです。

 

一人でいても、友達といてもなんだかむなしいという人がいます。大好きな恋人といてもむなしいという人もいるし、最愛の家族がいてもむなしいという人もいる。

 

この「むなしさ」は、自己実現の文脈では、満たされない。また、そのむなしさを埋める方法もありません。せいぜい「世界というのはそういうものだ」という、ある種の諦念の中で生きざるを得ない。ここが、20世紀の心理学=昼の心理学の、一つの限界だったのではないかと僕は思います。

 

 

■社会に対する立ち位置の違い

 

僕が皆さんにお伝えするのは、一部、昼の心理学的な、社会的な自己実現に役立つ要素もあります。ただ、基本的には「夜の心理学」をお伝えしているつもりです。では、昼の心理学と夜の心理学のどこが違うのかというと、大きなところでは、「社会」に対するスタンスがかなり違います。

 

自己実現というのは、「社会」をある種、絶対的で、盤石なものとして捉えないと成り立たないものです。しかし、夜の心理学は、社会の基盤を相対的で、移り変わりやすいものとして捉えるところがスタートラインとなります。

 

実際問題、国家にしても、経済にしても、政治にしても、社会の価値観にしても、絶対的なものは何一つないというのは真理だと思うのですが、そういう認識をスタートラインに据えるわけです。

 

■相対的に見るということと厭世的になるということは違う

 

注意してほしいのですが「絶対的なものは何もない」という認識に立つことは、厭世的になることではまったくありません。

 

相対的に見るということと、厭世的に捉えるということを同列に捉えるような文化的素地が、日本にはあります。たとえば平家物語の有名なフレーズに「諸行無常の響きあり…」というものがありますが、これを「物悲しい言葉」として受け取っている人が少なくありません。しかし、「すべてのものが相対的で、常に移り変わっていく」という認識は、本当のところは人間の価値判断よりもいわば上位の、「事実」そのものだということなんです

 

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2019年7月1日 Vol.199
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02【心理学】人生はゴールテープを切った後も続く−−「自己実現」の限界と夜の心理学の領域について
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