「ゆっくりやる」という人生哲学
ジミー・スコットという伝説の黒人歌手がいます。20代の頃に一度評判になった
のですが、当時は黒人差別も厳しく、いろいろ傷つくことも多かったらしくて、
音楽業界を辞めて、それから彼はホテルの掃除係をしていました。そして60代に
なってから「まさかこんな所に!」という感じで“発見”されて再デビューし、
スティービー・ワンダーやマーティン・スコセッシといった人たちが魅了され、
絶賛し、一躍、レジェンドとなった歌手です。
その彼が、ある映像で「歌の極意」について「できるだけゆっくり歌うことだ」
と語っているのを見たことがあります。
僕はこれを聞いた瞬間、「うーむ、一生考え続けなければならないほどのテーマ
だ」と思いました。もちろん、曲にはある程度決まったテンポがあります。伴奏
よりもゆっくり歌ってしまったら合わなくなってしまう。ですから、彼が言いた
いのはそういう、一般的な意味での「ゆっくり」では決して無いわけです。
彼の「ゆっくり歌う」という言葉には、おそらく何層にも渡る深い意味があるは
ずです。ただ、少なくとも、今の時点でもたぶん間違いないのは、聴衆にいかに
して耳を傾けてもらうか、バンドメンバーと深くコミュニケーションを取って歌
うにはどうしたらいいか、という点において「ゆっくり歌う」ということが非常
に効果的だということです。
たとえば、5人ぐらいで雑談をしている様子を思い浮かべてみてください。焦って
しどろもどろになっている人の話は、なかなか頭に入ってきません。一方で、余
裕があって、ゆったりと喋っている人の話には、みんな耳を傾けるでしょう。
語りも、歌も、同じです。「ゆっくりと歌う」ことによって初めて、人はハッと
して、こちらに耳を傾けてくれるようになる。そこからしか、たぶんいろんなこ
とは、始まらないのです。
名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)
2018年11月19日 Vol.184
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今週の目次
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01【巻頭コラム】「ゆっくりやる」という人生哲学
02【性格分類】名越式性格分類ゼミ通信講座版テキストVol.
部抜粋
03【カウンセリングルーム】
[Q] 他人とうまく交流することができません
04【pieces of psychology】
<意志からの逃亡/境界線感覚/助言者への道>
05精神科医の備忘録 Key of Life
・最後に残るのは「嫉妬」
06講座情報・メディア出演予定
【引用・転載規定】