『「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』から「はじめに」を公開します!


9/24に、宝島社より新刊『「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』が刊行されました。

こちらに、「はじめに」と目次を掲載します。もし、興味のある方がいらっしゃいましたら、お手にとっていただけるとうれしいです。

名越康文


「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』は全国書店、ネット書店で販売中です!

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はじめに

『鬼滅の刃』という作品のことを初めて知ったのは、2020年の春先、youtubeライブの打ち合わせのときのことでした。編集者の方から、「いますごくヒットしているんですよ」と教えていただき、単行本を1-2冊をパラパラとめくってみたところ、ぐいっと引き込まれてしまいました。

後に歴代の記録を塗り替えることになる劇場版「『鬼滅の刃』無限列車編」はまだ公開されていませんでしたが、テレビ版のアニメは大人気であること、「週刊少年ジャンプ」の連載であるにもかかわらず、女性からの人気がすさまじいのだということを、編集者の方から教えていただきました。

そして、初めて『鬼滅の刃』に出会った1時間後のyoutubeライブで、僕は『鬼滅の刃』について、こんなことを語っていました。

「一言で言うのは難しいけれど、この作品には大ヒットする理由がある。それは、トラウマを抱えた少年たちが、その傷を癒やすことなく、その傷を踏み越えて戦う姿にあるんじゃないか」

この「トラウマ」という言葉には、ちょっと注釈が必要です。一般に、精神科の心理療法においては、その人が過去に負った心の傷、いわゆる“トラウマ”を癒やし、克服することが目的とされます。でも僕は一精神科医として、そのことにずっと、疑問を持っていました。

そもそも「トラウマ」あるいは「心の傷」には、必ずしも客観的な実体があるわけではありません。確かに、心身に存在の危険が生じる程の強いショックを受けるような出来事があると、何年にもわたって、その人の人生に強力な影響を与えることはあります。そして、それに対する専門家のトラウマ治療には、とても有効だと思われるものがあるのも事実です。

しかし一方では、そういった治療を受ける機会というものは実際に極めて少ないことも事実なのです。大多数の方は、トラウマや心の傷を携えながら生きてゆきます。現実において、心の傷は「治療すべき対象」というよりはむしろ、この社会が受け入れてゆくべき「人が生きるプロセスそのもの」ではないか、と僕は思うのです。

「トラウマ」を抱えたまま生きること。心の傷を乗り越え、昇華させていくプロセスにこそ、人生の面白さや、人間の魅力がたち現れるのではないか。これは、一般的な精神医学や心理学に登場する「トラウマ」とは違った概念と言えるでしょう。ただ、『鬼滅の刃』には、まさにそういう意味での「トラウマ」が描かれていると僕は感じました。そして、その点にこそ、『鬼滅の刃』の爆発的ヒットの秘密の一端があると感じたのです。

もうひとつ、僕がすごく特徴的だと感じたのは、絵柄でした。たとえば同じ週刊少年ジャンプで連載している大人気漫画である『ワンピース』の絵柄と比べると、『鬼滅の刃』のキャラクターたちの表情って、あまりはっきりとはしていませんよね。一番特徴的なのは「目」の描き方です。

『鬼滅の刃』の登場人物の目って、「俺だ!」「私だ!」という力が籠もっていません。だから、表情が非常に重層的に見える。怒っていても、どこかその奥で悲しんでいるような、笑っていても、その奥でふつふつとした怒りが溜まっているような、なんともいえない表情をしている。

戦いのシーンを見ても、相手と自分とが互いに溶け合うような、互いが互いに憑依しあうような雰囲気がいつも漂っている。このことも、これまでの漫画にない、大きな特徴だと感じました。

これが、その日、『鬼滅の刃』という作品に出会ったときに、youtubeライブでお話したことです。

そしてそれから1年半ほどの間、僕はTVシリーズのアニメと劇場版、そして単行本で、何度も何度も、この『鬼滅の刃』の物語を読み返しました。読み返すたびに新たな発見をすることもあれば、あの日、初めてこの作品に触れたときに感じたことを、「ああ、やっぱりそうだったのか」と再確認することもありました。

この本は、そんな僕が『鬼滅の刃』を読みながら感じたこと、考えたことをまとめたものです。言うまでもないことですが、これが「正しい解釈だ」と主張するつもりは毛頭ありません。

そもそも、『鬼滅の刃』というこの稀有な物語が私たちに伝えてくれるメッセージは、本一冊で語り尽くせるような分量ではありません。ですから、本書はあくまで、この巨大な物語を読み解く一里塚という思いでまとめてみました。この素晴らしい作品を皆さんが読み解いていくひとつのヒントとして、読んでいただけたら、これ以上の喜びはありません。

 

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【目次】

第1章 「鬼滅の刃」はどうして日本人の心を揺さぶるのか

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
鬼とは「生殺与奪の権を奪われた存在」である
「支配されること」に鈍感になってはいけない
戦後教育の終わりとしての「鬼滅の刃」
コラム サイドストーリーこそが重要

第2章 鬼と鬼殺隊

「鬼」は人間の「未熟性」の象徴である
鬼たちが抱える「さびしさ」とは何か
鬼の躁的防衛、柱たちの解離
「家族の構造」によって安定を求めた累
自らの内に伽藍を構築しようとした猗窩座
人はトラウマを抱えたまま生きていく
鬼殺隊の「合理性」と「美意識」
鬼は人間よりも「弱い」
太陽という決定的な弱点
再生しない身体と美意識
個人主義と国家主義
虚無の悟りのなかで生きる童磨
コラム 猗窩座と毒

第3章 「究極の悪役」としての鬼舞辻無惨

悪は幼児性を隠さなければいけない
トラウマを自己正当化しようとしたアナキン
鬼舞辻無惨は幼児性を隠さない
「パワハラ会議」に潜む鬼舞辻の不安
精神分析的な「悪」を乗り越えた悪の可能性
「弱さ」を基盤とした悪の可能性
血の交換とドーピング
「女郎屋の元締め」に姿を変えた鬼舞辻

第4章 「鬼滅の刃」が指し示す理想の世界

「記憶の継承」の重大な役割
物語を動かす「犠牲」としての杏寿郎
「まばたきをしない」杏寿郎の尊さ
死んだ人間のほうが、人を動かす力を持つ
炭治郎という不思議な主人公
「透明な存在」としての炭治郎
「甘え」の構造
炭治郎が示す「透明な理想」
炭治郎の「過剰適応性」
炭治郎の「無意識」の怖さ
炭治郎・伊之助・善逸の「三位一体」
炭治郎の漠とした理想を支える伊之助
善逸が体現する「至高の愛」

第5章 「鬼滅の刃」を彩る魅力的なキャラクターたち

「焦点の合わない目」に映し出される世界
胡蝶しのぶとサイコパス
柱たちの登場
産屋敷のカリスマ性
産屋敷の「説得」の意味
唯一の「まとも」な人間としての宇随天元
黒死牟の特異な位置づけ
友情の特殊性
鬼舞辻をめぐるトライアングル

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