オーティスのように


いつものようにグリーンスムージー、ハーフで。店にオーティス・レディングが鳴っている。店員たちは若いから、誰も彼を知らないだろうな。

 

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それでもオーティス・レディングは泣いている。自分の恋のはかなさと、帰り来ぬ日々に。

“今”を生きると、ある意味すべては一旦虚しくなる。この束の間が過ぎ去れば、すべてはすなわち幻だからだ。

ところが、ふとその幻自体を追うことを止めてみると、今の芳醇さがこの身体の中に入って来る。即ち、幻は実体ではないことに、はっとさせられるのだ。いつの間にか幻に取り込まれていた自分に気付くと共に。

こうして虚無自体が、やはり自分の作った幻想であると知れる。

多くの者(特にこの国の現代気質)は初学の頃、この幻想の二重構造に気付かず、なんと一生を思春期止りですごす。

店ではやはりオーティスのサティスファクションが鳴り始めた。彼のようにブレイクスルーしたいものだ。